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2012年8月

心乱れる夜。

ま、そんなセンチメンタルに浸ってるわけでもないのだがな!!(笑)

明日は母の3回忌法要が行われます。
もちろん、行きません。もう決めてたことだからね。

明日は早朝に母のお墓を飾ってきます。母の兄弟が法要の後に訪れるので、母らしく華やかにしてあげたいから。
たぶん法要に出るなんだやお経だけいただきにいく子供たちは色々とつつかれるでしょう。でも、なんだはきっと何も言わずに我慢してくれると思う。まあ、私の弟がいい加減な発言をしたらキレるだろうけどね。

この3回忌の件で、私は実家との決別を決められました。
いいんだと思ってます。もう、関わらない方が父や弟夫婦のためになる。

そうだよ!!
私もともとぽんと同じで、実家では「宇宙人」だったわ(爆笑)。
だから今更大人になった体(てい)で振舞ったって信用なんかないわけだよ。ぶぶ。

まあ、それもあってちょっと精神的にヨロヨロもしておりました。
今はなんともないよ。
ここに汗だくで熱唱しながらお絵描きしてるぷうたがいるくらいだからね。
え?限界だって?
ばかもん、根性が足りんぞぷうた!!もっと体内からビールを出せ!!

今日はそんな感じの夜です。
なんだが夕方からいません。昼間仕事で参加できなかった幼年野球のチームが大会で勝ち上がり、その祝勝な飲み会に呼ばれて尻尾振って出て行きました。
・・・もう、こいつもどうでもいいや・・・。
一応さっき呪いのメールは入れておいたけどな(笑)!!

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幼年野球の首脳陣に告ぐ

て、大げさなタイトルにしてみたけどもwww
これは、幼年野球やシニアチームで首脳陣をされているパパたちにぜひ読んでもらいたいです。

きっかけは、おともだちのマナたんから提供されたこの記事「急に「子供が高校卒業したら離婚するから」と言われました(某幼年野球チームの監督の相談)」

まずはこの監督さんの悩みとそれを真剣に答えてくれてる人たちのやりとりを見てから、私の言葉を聞いていただけたら、と思います。

私の主人(なんだ)も現在、幼年野球の監督をしております。監督になってからもう3年になるのかな?トータルで5年います。

なんだが現在のチームに携わるきっかけとなったのは私でした。
チームを知らない当時のなんだは土日になればゴロゴロゴロゴロ。子供の相手をするわけでもなく、昼近くまで眠る週末。
「俺は父親に遊んでもらったことがない。だから子供との遊び方が分からない」などと逃げの台詞を吐くなんだに嫌気が差し、そんな折に近所でチームに子供を参加させていた奥様Kからの誘いを受け「なんだの好きな野球なら、子供と一緒に行動できるのでは」と思い、4年生のやん(長男)と2年生のぽん(長女)を巻き込み、半ば強引に参加しました。

正直、幼年野球への母親の参加というのは大変でした。
練習当番に試合当番、グランドキーパーなど土日は休みなく子供とともに動く現実。
それぞれがボランティアで動いているのですから、確かに大変でしたがそれはお互い様。一生懸命協力を惜しみませんでした。
この頃、私は(たちゅ)次男を妊娠中。町内の子供会の会長も引き受けており、なんだはチームでのコーチ及び審判参加で不在だったので産後の1週間以外はたちゅをクーハンに入れての子供会とチーム補助のために土日は休む間も無く動いていました。

それなのに、何故かチームに誘ってれたはずの奥様k(子供会でも一緒)から陰湿なイジメを受け、チームの保護者からはありもしない噂で嫌われ、やんが卒団するまでの2年間は本当に苦しかった。

この間に、なんだはコーチから監督へとずるずると出世(?)。やんが中学校で野球部にはいり、ぽんがバレーボールチーム(友達からの誘いに翻る(笑))に移ってもそのまま監督として居残り。
私はその頃、さやぽんを出産。そのままたちゅも抱えながら、やんの野球部の保護者会として動き、学校行事や保育園行事にぽんのバレーボールチームの補助も一人で動く週末に変わりました。
本当に辛かった。

もちろんなんだは土日(さらに夜な夜な野球の父親連中との集まり)は他人の子の為にいない。我が子は父親という存在を忘れ、たまに土日になんだがいると、たちゅとさやぽんは怯えて部屋の隅で固まる始末。それでも一緒に遊ぼうとか考えないなんだ。

そんな生活が3年になり、いよいよ子供たちがなんだを嫌い始めた(当然だ)。そしてろくに給料も入れないから、私が働くこと(内職で夜なべからフルタイムの事務職へと変更)と子育てと子育てに連動する活動にストレスを抱えてしまい・・・。
離婚を切り出すのは時間の問題だった。
そりゃそうだろよ。金はくれない、生活は苦しい、それなのに平然と週に何度も飲みに出る。子供を世話しない(親に預ける気もない(私は預ける親がいない))から土日の仕事も探せない。苦しい。生活も色々苦しいのに、一人だけ「監督」という立場の問題だけに苦しんでいればいいなんだのストレス発散にセックス相手をするのも吐き気がするってもんだ。

最後のあがき(抵抗)として、私は家事の食事と洗濯を干す以外の一切を放棄。土日は基本寝るか好きなことをすることにしました。
それだけ日常で抱えるストレスが大きかったって事をご理解いただくには不十分かもしれませんが、皆様の奥様も少なからず同じ思いをしながら耐えてきているということです。
「奥さん、いつも旦那さん借りて悪いね」「奥さん、旦那様いなくて大変でしょ」そんなねぎらいの言葉をくれる連中に「だったらお前らがなんだの代わりをすればいいだろう」とどれだけ吐き出したかったことか。

なんだはボランティアです。
だから、全ての責任を負う必要はない。練習内容の組み立てと子供たちを見ての試合の組み立て、そしてその試合の采配をするのが監督としての仕事であり、子供たちの管理や世話は保護者に一任すればいいだけのこと。
それを「練習に付き合える大人がいない」「試合でベンチに入れる大人がいない」と理由をつけて仕事を休んでまでお前が犠牲になる必要なんてないんだ。
フォローができない状態なら、練習を休みにしろ。試合を棄権しろ。それで文句を言う保護者がいるのなら堂々と文句を言ってやれ。お前は金をもらって監督をしているわけではない。都合よく子供を預かっているだけだ。
そこで生まれた犠牲によって、多大な借金を抱えてまで生活をしている我が家をそのチームの誰かが助けてくれるのか。

他人の子供の前でだけカッコイイ大人であるほど悲しい事はない。
父親ってのは、まず我が子の前でヒーローであれ。
そして、チームの誰にもチームを引き継げない現状を作ってきたのは他でもない、人に頼れないワケわかんないプライドの塊なお前のせいだ。
ボランティアのチームなんだから、素人が監督になったってかまわんのだ。PTAと一緒なんだから。子供を参加させている親がみんなで動くからこそ子供だって頑張れる。
それで文句を言うやつがいるのなら、さっさと大金はたいてシニアチームにでも自分の子を入れてやれと言え。
「俺が育てた子が高校に入って活躍しているのが嬉しい」だ?バカもん!!お前の子供はお前に見てもらえなかったさみしさでレベルも伸び悩み、苦しみながら部活を引退したんだぞ。我が子の努力をお前は一度でもちゃんと抱きしめて褒めてやったのか?他人の子は抱きしめるのに、なぜ我が子を抱きしめない?

と、まあ、妻として母親としての立場から言わせてもらえれば、こんなとこです。
皆さんの頑張りをけなしたいわけじゃない。子供たちのためにチームを存続させ頑張る姿は本当に素晴しいと思います。
ただ、そんな皆さんの背中で言葉に出さずに必死に支えている家族がいること、そしてその家族の存在を「当たり前」として勘違いで受け止めることはしないでほしい。
違いますよ。頑張るあなたは素敵だけれども、でもその頑張りを月に1・2度でも家族の為に向けて欲しい。そして日常の1つでもいい、家族の支えとして何かフォローをしてあげてほしい。
私の願いはそこにあります。


なんだは、やっと変わってくれました。
仕事を優先にし、週末仕事があればコーチや参加できる保護者に託すようになりました。
やんの引退試合に向けて、保護者として参加してくれるようになりました。
ぽんが中学校にあがり、ソフトボール部に入部。不足している保護者の審判当番に入るようになりました。
たちゅとさやぽんの為に月に1・2度の週末、父親らしく遊ぶ時間を作るようになりました。
そして、日常の家事を手伝ってくれるようになりました。


ここに至るまでが長かった。
私もたくさん涙を流しながら動きました。
わかるんだよ、男のプライド。でもね、それじゃあ飯は食っていけないし子育てはできない。
女は、家事ロボットでも育児ロボットでもない。それに付け加えて働いている。

「俺は家族の為に(チームの練習や試合を)犠牲にしてまで時間を作ってやってる」じゃ、ないんですよ。
「俺は自分の空いた時間の中で、他人の子の為にボランティアとして趣味の野球を楽しんでる」なんですからね。

間違わないで。大切なものの為に。

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