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2012年9月

静かな休日とか考える。

静かだ…。


ん?静か?


朝8時半。起きたら家に誰もいなかった…。
えーと、うーん、ああうー…ああ!!
やん、たちゅ、さやぽんは仕事の旦那と一緒に出掛けて今日はお泊まりだったよ。忘れてた。
ぽんは…部活だよな…ん?卵焼きをした跡がある…練習試合(我が家は中学生になったら週末部活のお弁当は自分で作ることになってる)だったかな?


基本的に私は週末の朝は9時まで寝ている(だって貴重な休みだもの)んだけども…いつも私をフライングで叩き起こす存在がいるのだが(笑)
あまりにも静かすぎて、つい二度寝(笑)
起きたら9時半。


さあて、たまにはブランチ食べにとかお風呂入りに行こうかなとか色々考えてみたんだけども。


洗濯物を干し。
茶碗を洗い。
掃除機をかけ。

最近気に入って使っている仕上げトリートメントに付いていた補修パックを試してみようかと、シャワーへ。
乾かした髪がめちゃくちゃサラサラになって大満足。


会社(営業所に)にでかけ、ちょいっと仕事を片付ける。
時間は午後1時。
お腹空いたー。


会社からの帰り道にあるのは、ラーメン屋…とん汁屋…ガスト…まねきねこ…。
ん?まねきねこ?


…ちょ、ちょっとだけ…歌ってしまおうか…。


で、2時間軽く(笑)


2時間後。車に乗り込んで…お腹が空いていたのを思い出し、帰宅前にローソンで握り寿司を買う。


帰宅。


握り寿司を食べながら…うとうと…。


で、今ココ←(笑)


ま、まあ…普通の休日だわね…いつもと違うのは、規制のない静かで自由な1日だったということか。


さあて、なんだとぽんの夕飯作ったし…行くか!!

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ちょっと方向間違ってるかもだが間違ってないと思う

「最近変わったね」

職場や週1で通う現場でよく言われるようになったのはこの数ヶ月前ほどから。

「なんかキツくなった」

んにゃ、猫かぶるのやめたんだよ。疲れるしストレスたまるし損ばっかりだから。

職場の飲み会。毎月のようにあった。つまんない飲み会。
9月、久々に行った乗務員さんとの飲み会。
いつものように盛り上げ師な私。いいんだよ、みんなが笑うのスキだもん。
下ネタがっつりでおっちゃんたちが喜んでくれる。

「なのようるさい」

そう言われるのも慣れた。褒め言葉だと思うようになった。
現場の声を一生懸命聞いた。現場の愚痴を聞くのが、パイプである私の仕事。役目。
そしてその日は帰路の記憶がなかった。
降りた駅で吐きまくったらしい。会社辞めたい辛いよ苦しいと泣きながら無理やり流し込んだビールを吐いていたと教えられた。
迎えに来てくれたなんだが「全部出せ。わかったから」と背中をさすってくれたことだけはなんとなく覚えてる。

9月、その次の週、本社の飲み会。
楽しい会話はほとんどない、陰口のオンパレード。
私だけが飽き飽きしている男子連中を盛り上げる。

「なのようるさい」

そうですか?楽しんでるんですよ。飲み会を。せっかくの外出ですもの。美味しい物を楽しんで美味しく飲むのが一番です。きっぱり言ってやった。
そういいつつも、この日は生ビール2杯が限界だった。

はいはーい!!すいませーん!!なのよ、これから歌いに行くので帰りまーす。

「え?」

全員がありえんだろ?って顔をした。

せっかくのチャンスですもの、これから一人で朝まで歌いますよ。じゃ!!
そう言って店を出た。

解放されて足取りは軽かった。
この日は実は一人じゃなかった。久々に嘘をついた。
私の朝まで発散に巻き込まれた可哀想な弟ちゃん(笑)。
本当に可哀想だったのは、ほとんど自分で歌わずに私によって歌わされた弟ちゃん(爆笑)。
でも楽しかった!!ぷうたじゃないがまさに俺得!!
この場をお借りしてあらためまして・・・疲れたでしょ?ごめんね。でもとっても嬉しかった。
誰かと歌うことの楽しさを教えてくれた弟ちゃん。

こっから、私はチャンスをもらえたんだ。

「ねえ、あの日歌ってきたの?」

はい。朝まで。

「何歌うの?私たち、なのよが歌うってイメージがないんだよね」

そうだよねーだって私、あなたたちのイメージでは育児疲れな引きこもりちゃんだもんねー。スポーツなんてできないもやしっ子ですものねー。

アニソン。ボカロ。いろいろ歌いますよ。
コスプレして一人で大騒ぎとかしますよ。大体軍服ですが。

「アニソン歌うんだ!?ほんとに!?イメージがないよ」

ええ。飲み会のあとは大体朝までノンストップで歌いますよ。タクシー代より、ホテル代よりも安くて私を守ってくれる素敵なお城ですもの(笑)。
ついでに言いましょうか?
私家に夜いるのは火・木くらいです。後は学校行事とバレーボールと週末はパソコン持ってマックで遊んだり趣味したり歌ったりですよ。

「子供たちどうしてるの?」

そうだよねーだって私、あなたたちのイメージで料理と育児のできない母親ですもんねー。
えっちすきだから4人も子供いるのよ的なだらしない女ですもんねー。

でかける前に夕飯は作りますよ。30分あれば洗濯と掃除含めて終わります。洗い物は子供の手伝いの範囲ですし、お風呂だってきょうだい協力して入れるし。旦那がいれば旦那がちゃんとやってくれる。

「旦那様手伝ってくれるんだ。子供たちもお手伝いして偉いねー」

土日は自分の好きなことしてていない旦那だもの。家のことはちゃんとしてもらいますよ。子供たちは私たちに食わせてもらってるんだもの。手伝いするのが当然。家族が一緒に動くのが当たり前じゃないんですか?
私だって働いてる。子供たちのために学校や地域で動いてる。誰も偉くないですよ。家族の行動として当然ですよ?

「意外だわー」

いや、それが私ですし我が家ですから。

たぶん、自分を隠さずに話すことは間違ってる。
また違う噂として私のイメージが曲がって伝わるんだろう。
でも、話すことは間違ってないと思う。
私は嘘はついてない。ありのままの私をちゃんと話してる。

ちょっと嬉しかったこと。

実は今の職場の上司(男)が私の中学のときの1こ上の先輩。
私が「ご褒美にお肉食べたーい」「たまには素直に褒めてー」「はい、(あなたをフォローした)私にありがとうは?」なんてちょっとふざけて絡んでみたら。

「お前ってこんなキャラだったの?なんか中学の時とイメージがだいぶ違う」

そりゃそうだろう。生徒会と部活牛耳って優等生な私のイメージが当時だったから。
真面目、媚売り、好きな人ができても真面目で勉強ばっかりな奴はいやだと嫌われた。
ちゃうよ、確かに勉強も部活も学校生活はがんばってきた。でも中学の時にはすでにアル中で学校さぼっては制服のまま通学路の酒屋で酒買って(親の財布から金を抜き取り)飲みながら帰ってたんだからね。家では毎日瓶ビール1本飲むのが当たり前。
親だって見てみぬふり。私を止めようともしなかった。そんな青春時代。

私こんなんですよ。もったいないなーこんなに可愛い私の素顔知らなかったなんて、もったいない。私なんて↑実はこんなキャラですよ。裏側知ったら、ほら、私可愛いでしょ。

「うん、可愛いよ。しまった知らなかった」

やっと気づいたか、馬鹿ものめ(笑)。な一場面(笑)。

ストレートな私。もっと伝わるといいんだけどね。
まあ、女と言葉と噂がある限り、それは無理なんだろうね。
だから草の根運動さね!!伝わる人にだけ私が伝わればいいや。そう思うことにした。






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分裂の結合とか葛藤とか。

9月のいろいろはまた後日(笑)
今回は人生で初めてのイベントについて。

 

実は、人生で初めて地元の人とオフ会で「オフ(ぷうた含め)」な私として一緒にすごす時間を持ちました。

ぷうたは私の真裏。

普段、主婦に妻に嫁に母な私で周りからは「人付き合いが上手くない引きこもりな暗い人」「人生につまんないって顔してエロトークでおっさんを楽しませて人気を勝ち取る」イメージでまあ色々言われてる私とは違う、「俺様で自由人で楽しいことを追求する」ぷうた。

でもね、ちがうんだ。
ぷうたのヤツ、今回は私を見捨てた。
「お前で会ってこいよ。俺はネタ部分は手伝ってやるけどあとは知らん」
冷たいヤツだ。

この数年間、そして最近まで、自分の心が保てないくらいにプレッシャーとか圧力とかいわれのない噂などで、久々に症状がでました。
手が震える。言葉が詰まる。人が怖い。眠れない。意味もなく泣く。加えて喘息の症状と、食べ物に負ける事態に。
アルコールの過剰摂取、脱力、倦怠感、日常生活への支障も生まれた。
これがうつ病の症状であるかとかも知らない(医者にそれを認められたら速攻で自殺するのが私だから怖くて医者になんか頼れないてか他人にその立場を決められるのも嫌だ)けれども、でも、もうこんな苦しみを覚えるのも耐えるのも全部が嫌だった。
さらに私にのしかかる「司会」「劇の主役」「エースの務め」「職場のパイプ」「プロとしての責務」や日常の主婦妻嫁母の当たり前な重み。
そもそもそんなものに耐えられる技量も心臓も持ち合わせてないもんだもの。
毎日自分に自信が持てなくて、あらがって、逃げての繰り返し。

それまではね、劇を演じても、人前で司会をしてもぜんぜん平気だったの。
ちっちゃい心臓のくせに、むしろ目立ちたがり屋だったから。
その空間で開放される自分がスキで、酔って、自分が好きになれたから。
それなのに、大人な事情で負けてる自分を知ったとたんに、そのすべてが怖くて・・・たった自己紹介な短い時間でさえも、マイクを持つ手が震えてしまい、本当にはずかしかった。

はずかしくて悔しくて、でも震えがとまらなくて。それが嫌だった。

そんな中、mixiで地元で活動しているコミュを見つけました。

私のままで「ぷうた」を晒したらどうなるんだろう?
ぷうたを知らない人も多い場所で自分を晒すってどんななんだろう?

挑戦でした。
逆に、私を知らない人ばかりだから、いいチャンスだとも思いました。

しばらく、本当にしばらく悩んで、足を踏み入れました。
怖かった。本当に怖かった。
でも今このチャンスを逃したら、私はたぶん、もう立ち上がることはない。
全てから逃げるだろう。自分を閉じるだろう。

そんな思いを抱きながら、実は今回のオフ会の前に声をかけてくださった方がいらっしゃいました。
その方とはもちろん会った事もなく、お互いもぜんぜん知らない関係でしたが・・・私から逆に突進したのです(笑)
びっくりしたでしょうね。初対面でいきなり現れていきなり握手して立ち去る私に(爆笑)。
自分でもびっくりしましたよ。でも、なんだろう、コンプした!!!
それから、その方とはごくごく自然に会話も時間も作れました。

別になんだ(旦那)に不満があるとかでその方と接点を持ったわけではないですよ。
裏をそもそも持たない私です(あ、嘘をつくとか隠すとか嫌いな私って意味です)。そんな私をちゃんと受け入れてくれた上で仲間として受け入れてくれたその方のお心にとても安心できたんです。
その方のフォローがあって、今回のオフ会はとても新鮮でした。
初めての体験なのにも関わらず、自分をストレートに出しまくってました。そしてそれを一緒に楽しんでくれたコミュのメンバーさんの存在に・・・

あっさりと。長年抱えていたつっかえがあっさりと。なくなりました。

なにこの名医的な治療法。的な(笑)。

翌日から、怖い震えが武者震いになりました。
まだほんの一週間のできごとの間のこなすべき一つ一つにためらいがなくなりました。
残念ながら、喘息の症状だけはまだ残っておりますが、でも心は確実に突進まい進しております。
10月頭の司会、大丈夫です。営業声でやっつけられます。
10月末の主役、大丈夫です。あとは台詞を覚えるだけ。
今週末の大会、がんばります。人生最後のエースを楽しんできます(一緒に組める最高のセッターさんが脱退されるので最後なのです)。
ぷうたを超えられないけど、私なりの「俺様」やってきます。

こんな素敵な「私」の時間、楽しみたい。うん、楽しむね。

 

あ、でもぷうた。
変態プレイはそっちにお返しするから、例の活動はそっちでやってね。
私は文化祭まで楽しんだらもう満足だから。
あとはそっちに任せるよ。
ぷうたはぷうたの「俺様」やめないでね。

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宇宙人ぽん、今日も絶好調なり。

はあ・・・。
参りましたわ・・・ぽんちゃんには・・・。

はい、8月27日から中学生ズは2学期がはじまりました。
そして8月31日に担任の先生から電話が。
先生「おかあさん、ぽんさんからお知らせのお手紙もらってませんか?」
私「いいえ」
先生「実はぽんさん、夏休みの課題がまだ全部終わっていないので、この週末に終わらせるように指導願います」
私「・・・あといくつ残ってるんですか?(もうこの時点で声のトーンが落ちてる私)」
先生「2つです」

電話を切ってその場で、リビングでテレビを見ながらだらけてるぽんを蹴り上げたのは言うまでもなく。

あああ・・・だって・・・だってね・・・。
課題のひとつだった自由研究(科学的なものを調べてノートに書くだけなんだけども)をやっていないのを知ったのが夏休み終了の2日前。
やりかたがわからないって言うから自由研究の流れと研究材料をその場で家族会議してそのまま図書館にほん投げた。終わらせたさ。無理やり。
私「もう、これで課題全部終わったんだな?もうやり残しは無いんだな?」
ぽん「うん。全部終わった」
・・・簡単に嘘をつく・・・もうどこも信じてあげることができない・・・。

しかもこの夏休みの間。
義母からもらったお小遣い(義母の手伝いをしたとかでもらったらしい)。義母には「お祭りまでとっておくね」と伝えてあったようだが・・・。
その翌日にチャリこいで校区外のショッピングモールへ。んで再びゲームコーナーで所持金全部使い込んだあげくに・・・チャリまで盗まれた・・・。

もうどうしようもならねえこのアホ娘。

お前はお前を大切に考えてくれてる先生やおばあちゃんをも裏切り、もう信じてももらえない現実がまだわからねえか。
次は友達だ。お前の友達ってやつはお前を都合よく使ってるだけだ。
よく考えてみろ?お前が嘘をつきながら親から盗んだお金でプレゼント交換や奢りあいをしてる友達だぞ。
どうしてお互いにやめようって心から注意し合えないんだよ。そんなの友達じゃねえよ。

まあ、この言葉はどんだけ言っても伝わらないんだから、やっぱりあいつは宇宙人なんだろうな。


てことで、この土日で課題を終了させ(やんを付き添わせた。こうなったら夏休み一緒に家でだらけてたやんも連帯責任だ)、現在中学生ズには6日の基礎テストの勉強を2人でやらせてるのであります。
こうなったら監禁だ。今逃げたらもう先は無いんだから、なんとか連中を危機的状況だという穴にでも落っことしてやらないと、未来は来ない。


言いたくなかったけど、ついにぽんに言っちゃったよ。
「お前、高校に入れなきゃ就職もないんだぜ。家ではそうなったらもうサポートできないからな。知らん男に身体売って勝手に生きてけよ。いいんだろ、それで?これだけサポートしてきてんのにお前自身が頑張らないんだから、それがお前の未来確定。いいんだろ、それで?(大事なとこだったから2回言ってみた(笑))」
さすがに顔を引きつらせたわ。
だってこれが現実なんだもん。かわいそうだけどとことん落としてやらんと気づかないだろうし。

これがあと2匹(たちゅとさやぽん)控えてると考えると・・・はあああ・・・(笑)。

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夏は、終わるのか?

毎日暑いですね。
暑さに強いこの私も、昨年・今年は驚くほど耐えられなかったです(笑)。年かなあ・・・。


たちゅは初めての夏休み。
宿題・がんばりました。
7月中にドリルは終了。8月は義母に託した(だってクラブに預けるのに毎日お弁当作るのいやだったんだもん(笑))ので自主学習の音読と(ひらがな・すうじ)の書き取りをやらせました。

難題だった課題の提出(選択肢あり)の絵画だけ、たちゅと二人で時間を作って仕上げました。

Photo_2

誰もいない学校の正門にドーンと腰を下ろして過ごす時間は楽しかったです。
30分弱で下書きを書き上げたたちゅはすげえと思った☆


さやぽんは、保育園の盆踊り大会がとても楽しみだったようです。

Photo_3

上のお姉ちゃんたちが着ていたおしゃれ甚平がどうしてもほしかったようで、某大手ショッピングモールで大暴れ(笑)。
フリフリ付で大奮発して買いましたよ・・・。でもかわいいな。

大会当日は、とても楽しそうに踊っていました。
踊りが大得意のさやぽん。ホント、見た目も含めて全部ぽんにそっくり。
ぽんも含めてですが、できるかぎり、女の子らしい思いを尊重してあげられるようにおしゃれな服は買い与えてあげようと思います(私自身が当時母のお下がりで育ってきたのでそれだけは避けたい・・・が現状私のお下がりをきてるぽん(かつ、やんのお下がりで育ってきたので))。


参加はできませんでしたが、やんは野球部の引退試合をなんだとともに楽しみました。
ぽんはソフト部の大会やイベントをなんだとともに楽しんだようです。

え?私?
がんばりましたよ。小学校と子ども会の補導部としてプールの引率やパトロール・会社の飲み会の盛り上げ師やいろいろ(笑)。だって土日はちゃんと休みたいもん。

Photo_4


ドナルドにドン引きなたちゅとさやぽん。
フランシス兄さんおすすめのバーガー・・・ごめん・・・あれはだめだ・・・。
そして次のインドバーガーも食べ損ねた・・・。
オーストラリアこそは・・・!!

追記。ドナルドな兄さんはトークが下手だった(爆笑)。
お母さんナンパなトークはいかんよ。うん。

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Photo_6

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あまり協力はできなかったけれども、おやぶん星さんたち企画のイベントに参加することができました。
今年は学校・地域主催ではなく、ボランティアによる主催で学校を借りる形となりました(いいことなんだよ。学校を開放することによる地域参加の活動が増えるのは)。
昨年同様、我等夫婦は割り箸鉄砲の作り方とそれを使った的当てのブースに参加。
たくさんの子供たちがきてくれて、とても楽しかったです。
我等が恩師のブース(おしゃれぞうり作り(今までは藁を使ったぞうり作り))は、ちょっと物足りなかったかな・・・でもとてもいいブースなので来年はたちゅを参加させたいです。

夜の部にうつり、星さんたち有志が作り上げた盆踊りや太鼓の演奏、とてもすばらしかったです。残念なのはやんの飛び入り演奏(笑)。本人だいぶショックを受けてましたが、いい経験をあたえたと思ってます。※映像あるんだけれども、パソコンの不調によりお届けできなくて残念。


なんだかんだで、8月もわいわい大騒ぎでした(ぷうた・ふうた含め)が、実は9・10月も大騒ぎなのです。
今日はこれから二学期の小学校の読み聞かせ予定作り。
楽しいけれども・・・土日はやっぱりゆっくりしたいなあ。














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なんだかなってな育児事情。

ううん・・・。
まあ、一応の解決ぽくはなったので、ご報告いたします。

この春先以前(母が亡くなって父の店を手伝わなくなってから→この時点で毎月の収入が6万ほど減少)に、すでに我が家の育児費は火の車になるのがわかってました。
私となんだは父の店を手伝うことをきっぱりやめて、私が9:00-13:00勤務を9:00-17:00(だかしかし残業に突発出勤当たり前なので会社にいればいただけ金になる)に変更。なんだも私に渡す支給(?)毎月5万円(今まではこれプラス父の店からの給料があったの4~5万円)から7万円に変更(結局マイナス~4万円だが)。
え?食費じゃないですよ。ここから我が家の家賃と水道光熱費をまかなうのです。
私の給料8万円で子供たちの学費塾費に生命保険に子供たちの諸費用まかなうのですから・・・食費なんてありません。

結局カードローンを重ねてしまいました。毎月トータルで3万ほど払うことになってます。
気づけば火の車どころか大炎上。もういよいよ行き詰ったのが今年6月だったでしょうかね(あまりにも自分がなさけなくて吐き散らして消したあの日がもう遠い思い出(笑)。

今年4月のぽんの入学式の際にたまたま同じ家庭環境(夫婦2人プラス子供4人)のママ2人と同席するきっかけがありまして、その際にぜひにと教えてもらった「就学援助(小中学校の学費諸経費が免除・さらに必要経費も援助してくれる)」。
半信半疑で出した申請が通ったのが7月。

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だがびっくりだったのが、さやぽんの保育料が9000円から18000円にで追徴で45000円の請求が来たこと・・・噛み付きましたよ市役所に。
3人の子供が就学援助を受ける収入状況にありながら、4人目の子の保育料が夫婦の収入だけで査定されてしまうのはおかしいのではないかと。何のための保育料認定書類の提出なのか・・・これは絶対におかしい。
子供4人分の育児手当は、借金の補填で終わる。ちっとも子供たちの未来のために役立てることも医療費にもあてられない。
たかが1回530円の診察代かもしれないが、通院すればその額は計り知れない。医療ネグレクトに近いが、風邪だけなら行かない。眼科耳鼻科には通わせられない。歯医者と突発の怪我(怪我なら保険料が下りる)にかろうじて対応するだけ。
私が医者にかかることはまずない。喘息が出ても「百日咳なら感染(うつ)すかも」な懸念で行くだけで、結果喘息なら私が我慢するしかないから通院はしない。

生活が苦しくてなんだに離婚を申し出ました。

卑怯だけれども母子家庭になれば、保障はされる。
現状、同じ思いで母子家庭(父子家庭)になる家庭が多いそうです。でもこれは、申し訳ないが誰からも責められたくもない。
就職難のこの時代に、これからの日本を背負う子供たちをいかに育てるか。親が保障できない子供の未来。私たちはその現実と向き合いながら必死に子供たちを育てている。
自分たちの老後すら保障されないのに。私たちですら親の世話ができないくらい必死に働いているのに。やっぱり我が子に同じ思いはさせたくない。

そんな思いでぐるぐると苦しむ中。
やっと8月末に、就学援助による過払い金が入金されました。
来月からはやん・ぽん・たちゅの学費が免除されます。さらに必要経費も保障されます。
入金されたのは11万弱。ぷらす8月のなんだの給料が10万円(今月から10万入れてもらった)で21万。
はい、その場で保育料40500円、児童クラブ費4200円、やんの塾費30000円、家賃45000円、保険料14000円、ガス水道代(延滞分)19000円、ローン代50000円で綺麗に消えました☆
この他に先月のガス水道代(延滞分)25000円、母の3回忌に遠方からきてくれた母のきょうだいへのお土産代(これは私からの感謝の意でやったことですが)で20000円がこれから落ちます。はい。もうマイナスです。

こうなったら、素直にお財布事情はなんだに話すことにしました。
今まで自分がやりくりしてがんばろうと思いましたが、もう絶対に無理だし。
ついでに義母にもちゃんと現状を話しました(なんだの給料事情(ほら、自営だし結局は義母のやりくりで変わることだし)が我が家の家計に響くこと)。

10月に育児手当入りますが、これも借金賄いで終わります。

いいんです、今は。
来年は就学援助が申請通るかはわかりません。
しかし、今年は私にとっていい機会でした。
私のプライド・なんだのプライドをちゃんと腹カチ割って語って砕きました。
私の長年の悩みが少し軽くなりました。



旦那様の収入が少なくて(働き先や自営事情で)ご自身が一生懸命働いていても(自分ご褒美を我慢しまくっても)やりくりできない家庭環境は、結局妻が耐えてやりくりしがちですが・・・。やめましょう。
ちゃんとご自身が苦しいことは話しましょう。
それでもサポートできない旦那様なら、いろんな意味で結論だすのがいいかもです。
この悩みがどうしても伝えきれなくて、私は同居してた義母とうまくいかずに絶縁した時期もありました。
それでも、包み隠さずに義母に我が家の生活が苦しいすべてをストレートにぶつけられてる今があるのは、この事象がお互いを育て変えたことだと思っています。


追記。
義母がボーナスのないなんだの為に(今年は大口仕事をたっぷり取ってきて毎日死に物狂いで働いている)現物支給と名を売って、炊飯器と冷蔵庫と洗濯機をくれることになった!!
うれしいぜ!!これで我が家の水道光熱費が楽になる!!



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